ヒザイミズキの、日々の旅 ブログ編

(元)俳優、ヒザイミズキの日々は旅のように。

【父を送る】5、そしてブログを書いているのである

6月29日(月)

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・・・こうして久しぶりのブログの文章を書いているけれど
私のブログの一番の愛読者である父はもういない
誰が読むんだコレ

父は私の結婚式で最後に挨拶するときも、私のブログの過去記事をプリントアウトして引用した
恥ずかしさのあまり、私はドレス姿にもかかわらずのけ反った(その瞬間の写真が残ってる)

まだ四十九日まで、その辺にウロウロしてるなら読んでくれよ
あの世というのがもしあるなら、プリントして他のホトケにも読んでやってよ 

 

「じぶんのための」と言いながら、私なりの供養なのである

そして日々は続く。

続くところまでは、続く。

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死の3週間前の親子。似てるかな?

(カテゴリいったん終わります。長々と読んでくれた人またはホトケ、ありがとうございました。ペコリ(o_ _)o))

【父を送る】4、骨になった日

6月28日(日)

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梅雨らしい雨の日 夕方あがる

棺に大量の花をこれでもかと入れる
父がめんどくさそうに「もういいよ」とか言い出しそう
息子は 棺の中を見て 「じーじ、ほんもの?」 と聞く
確かに作り物みたいだね

母の喪主あいさつ
どこの女優さんにも負けない、綺麗な笑顔で愛情のこもったすばらしいあいさつだった

「人は悲しいときに悲しそうにはしない。つとめて明るく、平気そうにする。」

芝居をしていた時の自分に(何度も言われたことはあるけど)それは本当なんだと教えてやりたいよ。

火葬場は情緒もへったくれもない
バスが着いたらすぐにズラリと並んで衝立もない炉にガラガラ直行、さっと焼香して待ち、焼けたら骨を並べることもなく大した説明もなくがさがさっとまとめて持ってきて一個ずつ拾ってギュウギュウ詰めて
どうやら父は骨がしっかりしていて量も多いらしく、骨つぼに無理矢理詰め込まないと入らない
息子は焼き場が怖くて抱っこ抱っこ、窓の外を見て我慢していた(でも実は窓に映ってちょっと見えてたんだと帰宅後に教えてくれた)

 

帰り道で遠回りするバスに(運転手のすぐ後ろの席で)

「なんでまっすぐ行かないのよ」「遠回りじゃん」「あたしちょっと酔っちゃったよ」

などと文句を言う遺族3人(母・姉・私)

(葬儀場に戻って叔父が教えてくれました。同じ道で帰っちゃいけないんだってね。テヘ)

実家の和室には段ボールでできた簡易の祭壇 差し入れられた山のような線香 供花のアレンジメント

父の真似をして
「たっだいま~」
と言ってみる

人は死ぬと身体はモノになる
そして焼かれてカラカラの骨になる

お坊さんの言うように、魂が旅に出たりするんだろうか。
三途の川を渡るのに六文銭を払ったり、杖をついたり団子を食べたりするんだろうか。

ほんとに旅に出るならあんなへろへろのワラジじゃなくて靴がいいのにな。

甘いタレのついたお団子がいいのにな。

そこにあるのは骨であって もう父ではなくなっていた
身体があったときは 死んでいても「そこにいる感」があったのにな
魂とは何だろうな

今日は今日とて下痢がひどい
私のお腹に平穏な日は訪れるのだろうか
 

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受付の場所にはメモリアルボードと、倒れた当日にも行っていた源氏物語を読む講座のテキスト、感想メモなど。

【父を送る】3、通夜の日

6月27日(土)

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蒸し暑くて薄曇り
香典、メモリアルボード?みたいなの準備、諸諸連絡などして実家へ
徐々に姪やら息子やら集まり、父がいない以外はまるで2週間前の古稀祝いと同じ賑やかな実家
お供えの団子がうまく真ん丸にできなかったりご飯をキレイに丸く盛れたりワイワイ
父が死ぬ前に作った肉じゃがを食べる まあまあ美味しい
夕方から湯灌(死者の最後のお風呂 ほんとに湯舟みたいなのでシャワーしてた)
手術跡を隠したり口に綿を入れたり、霊安室の顔と比べてすごくキレイにしてくれて安心

これなら子どもたちも対面できそうだ
なんだ結構男前じゃん

花の祭壇は母の希望でピンク色にしたからまるで結婚式みたいだ
ユリ バラ カーネーション カスミソウ トルコキキョウ

通夜でべろべろに泣いてたのに、お坊さんがお経の中で名前を

「~フジイ…、(ゴホン)、ヒザイ~」

と間違えてしかも誤魔化してたので笑った
学校でもクラス替えの度に先生に読み間違えられる名字だったけど、なんと葬式でも!

明日は朝から告別式なのに 疲れてるのに やっぱりすぐに寝られない
そして私はこのアレコレの間、毎日お腹が痛い。家に帰ると床に転がりうめき声をあげる。

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葬儀屋に上新粉と作り方を渡された団子。姉と姪と義兄が作った。

【父を送る】2、命がゴールした日

6月26日(金)

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夜が明けた
いったん帰宅したけど必ず夜中に連絡が来るはず、その時に息子が起きてしまうと泣いて大変だろうとリビングで携帯持って夜通し待機していたけれど・・・、まぁなんともしぶとくて笑ってしまう
午前も音沙汰なく 実家でPCとアルバムをひっくり返し、なんか葬儀の時にメモリアルボード?みたいなのを作りたいという母の希望で100均で買い物して制作
15時頃 、全然電話来ないしーうちにある写真を取りに一度帰ろうかなーとリュックをしょった瞬間に電話
梅雨の晴れ間の蒸し暑さのなか母と自転車爆走

姉も職場から駆けつけて
3人で父を囲んでいつもみたいに軽口をワイワイガヤガヤ
テキトーなこと言い合ってるうちに
心拍は40から18になり0になったかと思えばまた17になり、かろうじて電気の小さな波をピヨン・・・ピヨン・・・と出しながら、しばらくゼロが続きつつ
16:16死亡確認

私たち家族が揃って、ふむ、そろそろお別れできてるなぁっていう頃合いをお医者さんは見てくれたらしい(←死亡確認した医者に「しばらく状態が変わってないのになんで今なんですか」って聞いた人)
人工的な自然の死

父ちゃんよ、本当にお疲れ様!!

ラソンランナー(父)の最後のゴールに並走するような清清しい気持ち

***


...と、ここまでは良かった
あわただしく葬儀の準備
地下の霊安室で再会した父は数十分前とは全然ちがう
管とかいろいろを外しただけなのに 父じゃないみたい

線香なんか焚かれちゃって ちーーーん、なんて鳴らされちゃって
別人?もの?


翌日通夜になったので時間がなくて焦りイライラを隠せない葬儀屋
なんかイメージしてた 落ち着いて畏まった感じじゃないのね
医学から急に仏教の世界に連れていかれて違和感
棺が花が料理がマイクロバスがお心付けがお団子手作りしろとか云々かんぬん、わー!

やっと帰って夕飯食べ損ね一人でチューハイ。
なん十年間も、あんなにあんなに溺れていたお酒を必死にやめた父は、死ぬ前に一度飲みたいなぁとか、思っていただろうか。

あんなものはもう要らないと思っていただろうか。
本当に本当のところは、分からない。

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昼間制作していたメモリアルボード?みたいなのの途中。

葬式は限りなく結婚式に似ている。

【父を送る】1、前日回顧

6月25日(木)

 

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わたしは父に似ている
四角い顔、ギョロっとした眼、短い手足、乱視がひどくてアレルギー性鼻炎
怠け者で偏屈、勉強ができて運動は苦手、文化やエンタメが好きで多趣味で飽きっぽい
最近はおどけた時の表情が自分でも引くくらいよく似てる

私はお父ちゃん子だった
母はしっかりものでエネルギッシュで愛情深かったけど、ずぼらでマンガ好きの父と出かけるのが好きだった
映画館でジャッキー・チェンの映画を見たりミスドでドーナッツ食べながらマンガ読んだりするのが好きだった
父の本棚には萩尾望都藤子不二雄ますむらひろしの漫画がたくさんあって、こっそり読んでは漫画家への憧れを募らせた

父には一度しか怒られたことがない
小学生の頃、他の子のことを、塾で一番下のBクラスだから、と言った時
そうやって他人を馬鹿にする子はいくら勉強ができても全然偉くない、というような感じで怒られた
私は当時運動ができなくて学校でさんざん馬鹿にされてるのに、勉強ができなくて馬鹿にするのはいけないのか、とすごく悔しくて泣いた
もちろんわかってる

父は病気のデパートだった
若い頃から糖尿病でアルコール依存症だった
当然高血圧だし眼も悪くなったし肝臓も胆管も肺も悪かった
救急車に4回運ばれたし何度も入院した

父は6年前に死にかけた
心筋梗塞で意識が何日も戻らず、医者の感触も正直もうダメそうな感じだった
看護師でもある叔母は もう延命治療しない方がいいんじゃないかと言ったくらいだった
でも(本当にいろいろあったけど)復活した
その年の9月に私は男児を出産した
いま、じーじと5歳の息子はとても仲良しだ
図書館で絵本をたくさん読んでくれるし、トランプやカルタや屋上菜園で遊んでくれる
じーじが挿し木で分けてくれたミニトマトはいま、うちのベランダでどんどん成長している

一度死にかけたあとは、一生無理かと思ってた断酒を成功させ、おかげで酔って母にあたることもなく穏やかな性格になった
ここ2年くらいはめっきり元気で、ボウリングに落語に源氏物語の勉強会に断酒会と、ウキウキと出かけては帰ってきてから家族にウンチクをたれていた


今年3月から、コロナのアレで、ハイリスクの権化である父とは会わないようにした
息子は会いたがったけどzoomやSkypeにした
6月は父の誕生日 70歳の古稀祝い
自粛もそろそろ良いだろうと思って姉一家も含めて集合してお祝いした
もし あのまま会わないように(会わせないように)していたら。
もし 倒れる2日前に「サツマイモ植えるけど来ない?」って言われたとき断っていたら。
病院に向かう間中、頭の中をぐるぐるとまわった

古稀でプレゼントした名入れのタンブラー 最初聞いたときは要らないって言ってたけど実際はとても気に入ったようで これは良い、冷たいものが冷たいままだ、結露しなくて便利だ、と、最期の2週間毎日愛用してくれた
倒れたそのときも、母によると、そのタンブラーに麦茶を注いで、冷蔵庫から氷を取ろうとしたところだったんじゃないか、とのこと
その最期の麦茶は、母が冷蔵庫に取っておいて翌日大事に飲んだ

***
これを病院で書いているいま、父はまだ死んでない
脳がほとんど死んでいて呼吸は人工なので、何をもって生きてると言うのかという定義によるけど、要は徐々に心臓が止まるのを待っているという不思議な時間だ

父は私の半神なんじゃないかと、思えてくる
小さくなって死にゆく半神を、(まだ比較的)ツヤツヤの私が見ている

医師に 何時かは分からないが、明日までは確実にもたないだろうと言われた今日が 終わろうとしている
人は簡単に死ぬし、そう簡単に死なない

 

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ER待合室の窓からはスカイツリー

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倒れる二日前に父と息子(孫)で植えたサツマイモ。